צא

دمنهور - 𝑆ℎ𝑖𝑧𝑢𝑜𝑘𝑎 | 𝐻𝑒𝑟𝑚𝑒𝑠 𝑇𝑟𝑖𝑠𝑚𝑒𝑔𝑖𝑠𝑡𝑢𝑠(933311) | Ramakrishna | 𝐑𝐀 | 1991.03/19 | JAPON ♎︎

【スペース・エンター】

断罪を受けて花瓶が割れた。光が破片の隙間を照らしてガラスの役割を奪う。少しだけ落下した紫の花は針がねの固定から逃れてドアの方向へ倒れた。

ささやかなバザーだった。白いスカーフを頭にまいた群衆は渦のミステリーサークルを象った。
次第に内側へ折れていく男の体。
これ以上ないというほど失態の記憶が溢れ出して無音を吐いた。
私にはそれが口腔を顔から取り除いたように見えた。

ーーーーーー
遊園地は血で染めあがっている。しかしこれは娯楽の範囲を超えて至極、機能的な施設である。まるで生産工場か新薬開発のビル群のようだ。
入口の大きな塀には「男の退化した姿」が飾られていた。
「かつてはスーツを着ていた男だった」
彼がそう言うのも無理はなかった。
「あの男は背中から忌まわしい花を逃がすべきだった」
今朝のニュースでは全世界的に同性婚が認められたと伝えていた。
しかし貧困国ではノロマの衛星機のような話だ。《ここ》は神経系の複雑さがないので、そもそも頓知のようなものだ。
それよりも克服された病が未だに生き永らえるような世界である。
液状化した地面からせり上がってきた汚濁水が裸足を潤す。
瑣末な規則性など頭にも浮かばずにそれを踏み倒す。
もしここにあの原人化した男がいたらきっと死ぬだろうな、と彼は顰(しか)めた顔をした。
彼は上流階級か下流階級なのか分からない男だった。
しかしこの遊園地のオーナーと知り合いで、ずだ袋のような格好でも入園できていた。
まず入口でかまえていたのは八人乗りのコースターで地面に衝突すると分子レベルになって消えた。
そしてモニターが現れて紫の花が咲いた。
この胡散臭さが好きだった。この施設はそんなに広くないし、コースター系はいくつもあるが単なる二色の色違いかガジェット違いでみんな同じだ。
「登って落ちて、地面に消える。そしてあの花」
ここのアトラクションは白黒のどちらかである。
彼は決まっていつもムービー・セクションにいた。
見る度にモアレのようにごく微かに展開が違う同じ作品。
「スペース・エンター」という作品。
痙攣を抑えるところの裸の男の不自然な舞踏に、極彩色のサブリミナルがオーブのように波打っていた。
彼は八時間もぼんやり見つめていた。
日が沈んでいく頃には小雨が降っていて子供らがあの単調な乗り物を激しく楽しんでいた。
不思議な事にあの花のホログラムに飽きがこなかった。
さらし身でベンチに腰掛けるとスタッフにばかり目がいって彼はどの人間も不潔である事に気がついた。
脂ぎった髪、無精髭、汗、黄色い歯。
しかしそれを新素材の制服がバランスを保っているのだろう。
ある地域のための、といった具合の遊園地でそれは裏返しの宗教施設なのだ。
そしてローカルでフリーな優しさなのだ。
"もはやマスコット化した"裸の男。
象徴にもならない裸の男。
彼はベンチから立ち上がると遊園地を出た。

玉突き事故によって切断された男性の頭部。その断面からビチビチと飛沫が上がっていた。補充するようにして溜まった血は数学の諸分野の立体形みたいだ。
誰がこの首を拾うのだろうか。それは去勢の悲しみを帯びている。
警察よりも報道陣が早く着いた。
連中がおさえる"ただの首"はその画角の中で動き出しそうな勢いだった。
後ろ手の総合病院から担架が運ばれてくのがごま粒ほどに見える。
警察が到着すると同時におよそ5、6階の高さからベッドが落下した。
このベッドは救急車を破壊し、車内から裸足で勢いよく出てきた男がいた。
半ば仮病の男であり、彼は現場まで全力で向かってきている。
反比例に回る両目と真っ赤な舌が特徴的な男は生首をもつと挿入した。
警官らは呆気にとられるのだが彼の親しみ深さも相まって取り押さえるのに数十秒かかった。
彼には十分すぎる時間で大動脈に勢いよく射精した。
その状態で羽交い締めにされ、生首は"無視されて"また転がった。
報道陣はもうカメラを回していなかった。
彼がした事はこれまでの去勢者たちのリビドーを偏に掻き集めたような出来事である。
記者達それから警官達も微笑みながら事態を回収した。

鼓膜でアルファベットの発話が震えてるので男は目が覚めた。川べりの倉庫裏に横たわっていた彼は手近のジーンズに足を通すと煙草をくわえた。
そのまま通用路に停めてある車に戻ると川を見つめ「サンキュー、ママ」と言った。そして走り出す。
途中のレストランに入る。オレンジジュースを注文する折に店員と世間話をする。飲み干すと車に戻ってきた。
「さっき話していた事だ」
FMでは大きなニュースを二つ伝えていた。
1.遊園地爆破
2.生首事件
バイブレータの振動に気づいて、彼は携帯を手に取るより先にラジオを消した。
友人のブロウジョブ・シュインからであった。
「本当に目が覚めた思いだよ。あの遊園地が爆破しちまった。それで喜んでるのさ。全く自分の生活とシンクロしてるみたいで気味悪かったからな。ちょうど用事もあったんでその通りを寄ってみたんだがタイミングが良かった。塀に飾られていた裸の男のポスターだよ。欲しかったのさ。それとは別であの映像がもう見られないのは残念だがな 。あれが出来てから行き出したんだからな」

シュインはひとしきりに話した後に添える程度に音信不通だった彼への心配をした。
電話を切ると、彼は腹のところをさすって遠くの発電所を見つめた。
それは遊園地でのカルマをたぐり寄せる時間でもあった。
彼はあそこのトイレで看護婦と事に及んだのだ。
看護婦はひどく粗野な感じで、しかし彼の冴えなさがそれを受け入れた。
女の胃液で分解される精子を逆再生して取り返したい気持ちだった。
彼はあれから無気力状態だった。
思い出してしまったがゆえに収め方が分からず彼は流されるまま総合病院へ向かっていた。
女がいるか分からないが「むしろ俺の方から、もう一度射精すれば蘇生できる」と無理やり合点させた。
彼は車から出るがすぐに入口で沸いている報道陣の群れに気づいた。
裏口から入る事も考えたが何となく不正を働いてる気がして仕方なく連中の前を通る事にした。
意外にも女は受付から出てきたところで、細く忌まわしい右手を掴むと車まで引っ張っていった。
彼の目的も聞かずして女は騒ぎになっているこの事件について話し始めた。
「この病院なのよ。生首が飛んだでしょう。あの現場はここから近いのよ。なぜベッドごと落下したのかは今は捜査してるようだけど他殺ではない。その投身した患者は腎臓病で別に死ぬようなレベルじゃないわよ。軽度のものよ。それであなたは暗い顔して今から私とヤるってわけね」
ドアをあけて女を後部シートに押し込むと、彼は自分の頭の辻褄だけに集中して果てる努力をした。その間に積極性の芽生えも願った。
女がキスを求める度に顔を手で押さえた。
自分が勃起してるのかも分からないほど彼は無重力のなかにいた。
そして射精したのか気絶したのかも分からなかった。

目が覚めると車は走り出していた。運転中の女は前を見ながら話し始めた。
「あなたは異常。だけど病院行きって訳ではないわ。それで思い出したのよ。遊園地でした事覚えてる?もう潰れてしまったけど。出来たばかりなのに爆破のせいで数日間で終わってしまったあの映画。裸の男がゆっくり動いてるだけの映像なんだけど彼はあなたに似ているわ。今あそこがどうなってるか分からないけど。そこへ向かってる途中よ」

彼はこの女に身を委ねていないと死んでしまうような気がして素直に従った。

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